『ミラベルと魔法だらけの家』に感じる家族のプレッシャー

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ディズニー映画『ミラベルと魔法だらけの家』と家族のプレッシャー

今回の記事を担当するのは、ちゃんたまだよ。
ディズニー映画『ミラベルと魔法だらけの家』、もう観たかな?

最初は明るくて賑やかなファミリー映画だと思って観始めたんだけど、気づいたら胸の奥をギュッと掴まれるような感覚が残っていて。
この映画、実はかなり真っ直ぐに「家族のプレッシャー」を描いている作品だと思うんだ。

今回は、ちゃんたまなりの視点で、この映画が描いているものを少し深掘りしてみるね。

家族の魔法と、見えないプレッシャー

物語の舞台は、コロンビアの山奥にある魔法の家。
そこに暮らす家族は、それぞれが特別な才能を授かっている。

……ただ一人を除いて。

主人公のミラベルだけは、何の才能も持たなかった。
この設定、ちゃんたまは正直、観ていてかなり胸にきた。

家族の中で「選ばれなかった側」になる感覚って、言葉にしづらいけど確実に存在するものだと思う。
誰かに責められているわけじゃないのに、自分だけが場違いな気がしてしまう、あの感じ。

この映画では、コロンビアの文化背景として、三世代が同じ屋根の下で暮らす大家族の姿が描かれている。
おばあちゃんを中心に、家族全体が一つの「共同体」として生きているんだ。

それは温かさでもあり、同時に逃げ場のなさでもある。

ミラベルの葛藤が「しんどすぎる」理由

ミラベルが抱える苦しさは、「才能がない」ことそのものよりも、
家族の期待の輪の中にいながら、役割を持てないことなんじゃないかと、ちゃんたまは感じた。

家族全員が何かしらの役目を持ち、その役割で評価されている中で、
自分だけが「何者でもない」状態で、毎日を過ごさなきゃいけない。

しかもそれが一時的じゃなくて、朝起きてから夜眠るまで、ずっと続く日常なんだよね。

日本の現代社会では核家族化が進んでいて、家族の人数は少ない。
でも、だからこそ親の期待や価値観が、子ども一人に強く集中することもある。

ちゃんたまは、ミラベルの苦しさって、実は日本の家庭ともすごく重なる部分があると思った。

逃げ場がないのは、人数の多さじゃなくて、
「役割が固定されすぎていること」なのかもしれないね。

文化の違いから見える「家族」という共同体

コロンビアと日本。文化も生活様式もまったく違うけれど、
家族からのプレッシャーが生まれる構造は、意外と似ている。

コロンビアでは、家族全体で村やコミュニティを支える。
だからこそ「家族の一員として役に立たなければならない」という圧力が強くなる。

一方、日本の核家族では、
「いい学校」「いい会社」「ちゃんとした人生」という、
個人の成功に向けたプレッシャーが濃くなりがちだ。

形は違っても、
「期待されること」と「苦しさ」は、どちらの家族にも存在しているんだと思う。

完璧な家族の裏にある、見えない傷

『ミラベルと魔法だらけの家』がすごいのは、
「問題を抱えているのはミラベルだけじゃない」と、はっきり描いているところ。

完璧に見える姉は、完璧でい続けなければならない恐怖を抱えている。
力持ちの姉は、弱音を吐けない自分に押しつぶされそうになっている。

家族全員が、それぞれの役割に縛られているんだよね。

家族だからこそ、本音を言えない。
傷つけたくないし、壊したくない。
でも、その優しさが、逆に全員を苦しめてしまう。

ちゃんたまは、この描き方がとてもリアルで、正直かなりしんどかった。

「選ばれなかった」からこそ見える景色

ミラベルは、魔法を持たなかった。
でも、そのおかげで家族全体を客観的に見ることができた。

誰が無理をしているのか。
誰が本当は苦しんでいるのか。

それに気づけたのは、役割を与えられなかったミラベルだけだったんだと思う。

「選ばれないこと」は、欠落じゃない。
別の視点を与えられることでもある。

このメッセージは、ちゃんたま自身にもかなり刺さった。

ソングが感情を一気に解放する

この映画の楽曲は、本当に強い。
特に家族の関係性を描いた曲は、感情を一気に表に引きずり出してくる。

「表面上の調和(superficie de Armonía)」では、
完璧に見える家族の内側にある緊張や歪みが、音楽として爆発する。

言葉にできない感情を、音楽が代弁してくれる瞬間が何度もあった。

共感ポイントまとめ

『ミラベルと魔法だらけの家』は、
家族の愛だけでなく、家族が生む重さにも正面から向き合った作品だと思う。

コロンビアの大家族でも、日本の核家族でも、
形は違っても「期待される苦しさ」は確かに存在する。

でも、その痛みを無視せず、ちゃんと向き合えたとき、
家族は「縛り」から「支え」に変わる。

この映画は、そんな可能性を静かに示してくれている気がする。

最後に

もし、家族との関係で少し疲れている人がいたら、
ぜひもう一度『ミラベルと魔法だらけの家』を観てみてほしい。

きっと前とは違う場所で、心に引っかかるシーンが出てくると思う。

完璧じゃなくてもいい。
役割がなくてもいい。
才能がなくても、あなたはあなたのままで、ちゃんと価値がある。

ちゃんたまは、この映画から、そう背中を押された気がしたよ。

次回のブログもお楽しみに。
ディズニー映画、やっぱり奥が深いね。

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