今回の記事を担当するのはムファたまである。
90年代のディズニーアニメーション――あの輝かしき時代を、わたしは「ディズニールネサンス」と呼んでいる。

ルネッサーンス!
1989年から1999年までの10年間、ディズニーは文字通り復活を遂げ、映画史に残る傑作を次々と生み出したのだ。今日は、あの魔法のような時代について、少し深く語らせていただこうと思う。
暗黒期からの復活――80年代のディズニーが直面した危機
90年代の栄光を語る前に、まずその前夜の話をしなければならない。1966年にウォルト・ディズニーが、1971年に兄のロイ・O・ディズニーが相次いで亡くなった後、ディズニーアニメーションは長い低迷期に入ったのである。
特に80年代は厳しい時代であった。1985年公開の『コルドロン』は、10年以上の製作期間をかけたにもかかわらず、興行的に大失敗に終わった。競合他社の台頭も深刻だった。長年ディズニーで活躍していたアニメーター、ドン・ブルースが16人の仲間を引き連れて独立し、『アメリカ物語』(1986年)や『リトルフットの大冒険』(1988年)といったヒット作を生み出していたのだ。
さらに、日本からは宮崎駿率いるスタジオジブリが台頭し、『カリオストロの城』(1979年)はディズニーのアニメーターたちに大きな衝撃を与えた。実際、ディズニーの主席アニメーターであるグレン・キーンは、宮崎作品を「ディズニーアニメーションに多大な影響を与えた」と公言しているほどである。
運命を変えた一本の映画――『リトル・マーメイド』

出典:ディズニー公式https://www.disney.co.jp/fc/little-mermaid/character/ariel
1989年11月、すべてが変わった。『リトル・マーメイド』の公開である。この作品は、実に30年ぶりとなるディズニーのおとぎ話作品であり、興行収入2億3300万ドルという大成功を収めた。だが、この映画が革命的だったのは、単に興行成績だけではなかったのだ。
ブロードウェイの魔法をアニメーションに
この成功の立役者は、ハワード・アッシュマンとアラン・メンケンという二人の天才であった。彼らはブロードウェイで『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』を大ヒットさせた実績を持ち、ディズニーに招かれたのである。
アッシュマンが持ち込んだのは、「音楽で物語を進める」というブロードウェイの手法であった。それまでのディズニー映画の楽曲は、どちらかといえば物語の添え物であったが、アッシュマンは違った。「Part of Your World」という楽曲を思い出してほしい。アリエルが海の外の世界への憧れを歌うあの場面――これは「I want song(私が望むもの)」と呼ばれる、ミュージカルの基本技法なのである。
興味深いことに、当初ディズニーの重役たちは赤毛のアリエルに難色を示していた。「人魚は金髪であるべきだ」というのが彼らの意見だったが、アニメーターのグレン・キーンは「アリエルの燃えるような性格には赤毛が必要だ」と主張し、押し切ったという逸話が残っている。
最高傑作『美女と野獣』――アニメーション史に残る革新

公式サイトhttps://www.disney.co.jp/fc/beauty-and-the-beastより
1991年、ディズニールネサンスは頂点に達する。『美女と野獣』の公開である。この作品は、アニメーション映画として史上初めてアカデミー賞作品賞にノミネートされ、映画芸術としてのアニメーションの地位を一気に引き上げたのだ。
CAPS技術――手描きとCGの完璧な融合
『美女と野獣』で特筆すべきは、PixarとDisneyが共同開発したCAPS(Computer Animation Production System)という革新的技術の本格導入であった。この技術により、手描きアニメーションとコンピューター生成画像の統合が可能になったのである。
最も有名なのは、あの舞踏室のシーンであろう。ベルと野獣が踊る約2分間のシーンで、舞踏室全体がコンピューターで生成され、その中を手描きのキャラクターが舞う。カメラが流れるように動き、上昇し、シャンデリアを回り込んで天井の天使たちを映す――こうした映像は、従来の手描きアニメーションでは不可能だったのだ。
1930年代にディズニーが開発したマルチプレーンカメラでは、せいぜい5層のアートワークしか重ねられなかった。だがCAPS技術では、レイヤーの数は事実上無限であり、色彩も従来の限られたパレットから、なんと690億色もの選択肢を持つようになったのである。
悲劇の天才――ハワード・アッシュマンの遺産
『美女と野獣』には、深い悲しみが刻まれている。作詞家ハワード・アッシュマンは、この作品の完成を見ることなく、1991年3月14日、AIDSの合併症により40歳で亡くなったのだ。
アッシュマンは『リトル・マーメイド』の制作中、1988年にHIV陽性と診断された。だが彼は病と闘いながら『美女と野獣』の楽曲制作に全力を注いだ。実際、彼の体調に配慮して、ディズニーは制作拠点の一部をニューヨークの彼の自宅近くに移したほどであった。
映画のエンドクレジットには、こう記されている。「友人ハワードへ。彼は人魚に声を与え、野獣に魂を与えた。わたしたちは永遠に感謝する」――この一文を読むたび、わたしは今でも胸が熱くなるのだ。
共作者のアラン・メンケンは後に語っている。「ハワードの歌詞は、大人にウインクしながら、同時に子どもたちにもメッセージを届けることができた」と。実際、アッシュマンとメンケンのコンビは、『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『アラジン』の3作品でアカデミー賞に6回ノミネートされ、そのうち3つを受賞している。
黄金期を彩った名作たち――「ビッグ4」とその後

公式https://www.disney.co.jp/fc/aladdinより
『アラジン』(1992年)は、ロビン・ウィリアムズによるジーニーの演技で新たな地平を切り開いた。彼の即興を多用した声優演技は、それまでのアニメーション声優の概念を覆し、以後、他のスタジオも有名俳優を声優に起用する流れを作ったのである。興行収入は5億400万ドルに達し、当時のアニメーション映画として最高記録を樹立した。

そして1994年、『ライオン・キング』が登場する。この作品は世界興行収入9億6800万ドルという驚異的な数字を叩き出し、2013年の『アナと雪の女王』まで、アニメーション映画の興行記録を保持し続けた。エルトン・ジョンとティム・ライスによる楽曲、特に「Circle of Life」や「Can You Feel the Love Tonight」は、今なお人々の心に響き続けている。
批評サイトRotten Tomatoesによれば、この4作品――『リトル・マーメイド』『美女と野獣』『アラジン』『ライオン・キング』――は85%以上の高評価を獲得しており、映画評論家ロジャー・エバートは1997年に彼らを「ビッグ4」と称したほどである。
その後も『ポカホンタス』(1995年)、『ノートルダムの鐘』(1996年)、『ヘラクレス』(1997年)、『ムーラン』(1998年)、そして『ターザン』(1999年)と、ディズニールネサンスは続いた。特に『ターザン』では、Deep Canvasという新技術により、ジャングルの背景に驚くべき立体感が生まれ、フィル・コリンズの楽曲「You’ll Be in My Heart」はアカデミー歌曲賞を受賞したのである。
現代作品との違い――失われたものと得られたもの
現代のディズニー作品、特に『アナと雪の女王』(2013年)や『モアナと伝説の海』(2016年)以降の作品と、90年代のディズニールネサンス作品では、確かに違いがある。
技術の進化と手描きの温もり
最大の違いは、やはり手描きアニメーションから完全CGアニメーションへの移行であろう。『ターザン』を最後に、ディズニーの長編アニメーションから伝統的な手描きは姿を消した。CGアニメーションは確かに素晴らしい。髪の毛一本一本の質感、水や雪の物理的にリアルな動き、光の反射――これらは手描きでは決して表現できない領域である。
だが、手描きアニメーションには独特の温かみがあった。アニメーターの筆致、わずかな線の揺らぎ、色彩の微妙なグラデーション――これらは人間の手が生み出す「不完全さの美」であり、観る者の心に直接訴えかける力を持っていたのだ。
ストーリーテリングの変化
物語の構造も変わった。90年代の作品は、古典的なおとぎ話をベースにしつつ、ブロードウェイミュージカルの手法で再構築していた。主人公の「I want song」、悪役の「Villain song」、恋の歌、そして物語を前に進める群衆の歌――これらが明確に構造化されていたのである。
現代の作品は、より複雑で現代的なテーマを扱う。『アナと雪の女王』の姉妹愛、『モアナ』の自己発見の旅、『ズートピア』の差別問題――これらは確かに重要で、時代に即したテーマである。だが、90年代の作品が持っていた、普遍的なおとぎ話の魔法とは、少し異なる種類の感動なのだ。
ブロードウェイへ、そして世界へ――ディズニールネサンスの遺産
ディズニールネサンスの影響は、映画の枠を超えて広がった。1994年、『美女と野獣』がブロードウェイミュージカル化され、13年間のロングランを記録した。これに続き、『ライオン・キング』のブロードウェイ版は1997年の初演以来、今なお上演され続けている。
テーマパークにも影響を与えた。東京ディズニーシーの「マーメイドラグーン」、マジックキングダムの「Be Our Guest Restaurant」――これらはすべて、90年代ルネサンス作品へのオマージュなのである。
そして何より、この時代の作品は世代を超えて愛され続けている。わたしが幼い頃に劇場で観た『ライオン・キング』を、今では孫と一緒に実写版で観る――このように、作品が時を超えて受け継がれていくことこそ、真の傑作の証であろう。
魔法は今も生きている
ディズニールネサンスは、技術革新と芸術性、商業的成功と批評家の絶賛、そして何より観客の心を掴む物語の力が、完璧に調和した稀有な時代であった。
ハワード・アッシュマンの早すぎる死、CAPS技術という革新、ブロードウェイとアニメーションの融合――これらすべてが重なり合い、10年間という短い期間に、永遠に語り継がれる傑作群を生み出したのである。
現代のディズニー作品も素晴らしい。だが、90年代ルネサンス期の作品には、特別な魔法が宿っている。それは単なるノスタルジーではない。あの時代、ディズニーは本当に魔法を信じ、魔法を創り出していたのだ。
その魔法は今も、わたしたちの心の中で生き続けている。『リトル・マーメイド』のアリエルが海の上を見上げる眼差し、『美女と野獣』の舞踏室で交わされる無言の愛、『ライオン・キング』のプライドロックに昇る朝日――これらの場面は、時代を超えて、わたしたちに夢と希望を与え続けるのである。

